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The 2006 Squash Australia National Coaching Conference
                      at Australian Institute of Sport in Canberra

 
    2006年11月17日〜19日の3日間、オーストラリアの首都キャンベラ近郊にある、オーストラリア・スポーツ研究所(Australian Institute of Sport:AIS)で、National Coaching Conferenceが開催され、オーストラリア各地、ニュージーランド、マレーシア、日本から、約60名のスカッシュコーチが参加しました。Coaching Conferenceとは、スカッシュに関わる研究発表会のようなもので、発表者のプレゼンテーションと、それについての質疑応答が行われます。プレゼンテーションは、コーチング理論、コーチング方法、レフェリング、スカッシュビジネス等多岐にわたり、AIS会議場、及び近接のスカッシュコートで行われました。  
   私は、2日目の午前中に、「Tactical Awareness Consulting」と題した、30分間のプレゼンテーションを行いました。内容は、当HPで示したBasic Tactics(基本戦術)の概要と、その必要性、及び考察です。
  評価は概ね好評で、半数以上の出席者から、「Congratulation!」の言葉と共に、握手を求められました。

  以下に、プレゼンテーションの全文と、使用したPower Pointの画像を記します。
 
 

   Tactical Awareness Consulting   created by Katz Noguchi    18/11/2006
 
 
  日本から来ました、野口かつじです。東京に住んでいます。スカッシュを始めて17年になります。
 10年ほど前、まだトーナメントに出場していた頃、私はある企業にバリュー・エンジニアリング(Value Engineering:以下VE)の教育担当者として勤務していました。VEとは、生産工学のひとつで、生産工程における「目的と手段」の関係に注目したものです。私は、このVEの考え方を、スカッシュの戦術に応用してみました。これからお話しするのは、その事についてです。わずか30分間のプレゼンテーションですが、皆様があまり退屈しないように願っています。


1.現状と問題点
  私にとっては少し不思議な話ですが、トップレベルのプレーヤーの中にも、チャンスに打つショットが、相手に容易に予測されてしまうプレーヤーがいます。不思議なことは他にも幾つかあります。バックコーナーから、2〜3本ストレートを打った後には、常にクロスコートを打つプレーヤーもいます。ボーストを打つのに都合が良い場所にボールが来たという理由だけで、ボーストを打つプレーヤーもいます。また、直前のショットで相手をバックウォールまで走らせたのにも関わらず、相手が“T”に戻ってからドロップショットを打つプレーヤーもいます。
  これらのことは、トップレベルのプレーヤーにとっては、身体能力が優れているため、大きな問題ではないかもしれません。しかし、それ以外のプレーヤーにとっては、このことはゲームに勝つための深刻な障害になるばかりでなく、スカッシュを楽しむための大きな障害になります。
 
   初心者は通常、ショット練習から練習を始め、一通りのショットを繰り返し練習します。次第に、ショットの技術は向上し、ボールの精度も上がってきます。次の段階は、パターン練習です。多くの種類のパターン練習を繰り返し行い、上手に出来るようになっていきます。しかし、その練習の目的は、プレーヤーに説明されないことがしばしばあります。そして、ショット自体や、パターン練習で行ったショット選択には問題はないが、それらをゲームの中で活かすことが出来ない、ということがしばしば起こります。 
 
   そうすると、プレーヤーは、勝つための最善のショットを選ぶのではなく、打ちたいショット、或いは、打ちやすいショットを選びがちになります。あるショットで得点できたとしても、なぜ得点できたかわからなければ、その後のゲームの中で活かすことはできません。
 そのようなプレーヤーのゲームは、
  「ボールまで走ってショットを打ち、そのショットで得点できることを願い、相手が拾えば再び走ってショットを打つ。」だけのものになりがちです。
  これでは、良い運動になるかもしれませんが、ゲームに勝つ確率は下がります。

 
    私は、このような問題は、スカッシュの基本的な原則を学んでいないことが原因だと思います。基本的な原則とは、難しいことではなく、ショット選択の方法、得点の方法、失点の防ぎ方、そしてゲームに勝つ方法を示しているだけです。
  私は、この原則を“Basic Tactics(基本戦術)”と、呼んでいます。
  次の章では、Basic Tactics(基本戦術)とは何か、また、プレーヤーにどのようにBasic Tactics(基本戦術)を教えるかについて、お話します。
 
   

 
2.Basic Tactics(基本戦術)
  最初に、プレーヤーに教えなければいけないことは、スカッシュには3種類のショットがあるということです。ここでいう3種類とは、ストレート、ボースト、ドロップショット等の、実際のショットの種類ではなく、ショットの目的によって分類されたものです。ゲームでは、実際のショットを選択するよりも、まずショットの目的を考える方が有効だからです。

 
 
 3種類のショットとは、以下です。
1.Pressure Shot
2.Winning Shot
3.Safety Shot

 各ショットの目的は、以下です。
1.Pressure Shot---相手を“T”から追い出す。
2.Winning Shot ---実際に得点する。
3.Safety Shot ---失点しない。
 
   次に、プレーヤーに教えるべきことは、「相手が“T”にいる時には、一本のショットで得点することは難しい。」と、いうことです。スカッシュとは、コートの大きさや、ルール等を含めて、そのようにできているスポーツであることを、教えなければいけません。
  そうすればプレーヤーは、得点するためには、一本目のショットで相手を“T”からコーナーに走らせ、相手が“T”に戻る前に別のコーナーに、次のショットを打たなければならないということが、容易に理解できます。
  単に良いショットを連発するだけでは、それらがショット練習でコーチに褒められるものであったとしても、得点するための有効な方法には為り得ないことを、プレーヤーに理解させるのは重要なことです。
 
    また同時に、プレーヤーは、「相手が打つときに“T”にいれば、簡単に失点することはない。」と、いうことも理解できます。
  どのプレーヤーも、ゲームに勝つためには、得点を重ね、失点を出来る限り少なくしなければならないことは、わかっています。故に、プレーヤーは、どのようにしてゲームに勝つかということについて、基本的なことは理解したことになります。
 
   次の段階で、プレーヤーに教えなければならないことは、Pressure Shot、Winning Shot、Safety Shotの各ショットに、求められることについてです。
 Pressure Shotについて、その目的は、相手を“T”から追い出し、“T”に戻る十分な時間を与えないことです。求められるのは、速くて、良くコントロールされていることでしょうか? 誰でもわかるようなことは、言うに及びません。
 
 

Pressure Shotに求められるのは、相手のボールへのスタートを遅らせることです。これは、速くて、コントロールされているショットと、同じ効果があります。そのためには、以下のことが必要です。

 1.Pressure Shot・・・2本、或いはそれ以上のショットを出来る限り同じフォームから打つこと。

  相手は、どのショットが来るかを瞬時に判断できず、ボールへのスタートが遅れることになります。 
 Winning Shotについて、Winning Shotは、主にPressure Shotの後に打つショットです。これは、ショットを打つ時には、相手は“T”にいないことを意味しています。そうすると、以下のことが求められます。

 2.Winning Shot ・・・ 出来る限り、早く打つこと。

  相手から、どのショットを打つか予測されても構いません。
 Safety Shotについては、その目的は、失点をしないことです。そのためには、相手がボールを打つときに、“T”に立っていることです。即ち、Safety Shotには、以下のことが求められます。

 3.Safety Shot  ・・・ “T”に戻るのに十分な時間を作れるショットを打つこと。

  ドロップショットを例にすると、Pressure Shotとして打つドロップショットと、Winning Shotとして打つドロップショットは、全く異なったショットであることを、プレーヤーに伝えるのは重要なことです。ボールを打つフォームも、タイミングも全く別です。

 
   最後に、プレーヤーに教えなければならないことは、実際のゲームで、どのようにショットを選択するかということです。
  ラリーの中でショットを選択する時、初めに確認しなければいけないことは、置かれている状況が、攻めるべき時か、守るべき時かということです。攻めるべき時であれば、ドロップショット、ボースト、ストレート等のPressure Shotで、相手をコーナーに走らせ、次に、Winning Shotを別のコーナーに打つことになります。守るべき時であれば、ロブショットや壁際のストレート等のSafety Shotを打ちます。
  このことは、Tactical Chartを使って、教えると簡単です。
 
   このTactical Chartは、状況に応じて、ショットを選択する流れを示しています。隣り合う各項目の関係は、常に『目的』⇔『手段』にあります。「試合に勝つ」という『目的』のために、「得点する」という『手段』と、「失点しない」という『手段』があり、次に「得点する」ということが『目的』とすると、右側にある項目がその目的のための『手段』になるということです。そして最終的な手段として実際の各ショットがあるわけです。
  相手がボールを打ってから、自分が打つまでの間に、これだけのことを為さなければならないということを、プレーヤーに教えなければなりません。

  私はゲーム練習のコーチをしている時、得点したか否か、という結果より、プレーヤーのショット選択の過程や、思考に注意を払います。プレーヤーが、何も考えずにプレーしていると思われる時は、ラリーを止め、直前のショットの目的を尋ねることもしばしばあります。
 Basic Tactics(基本戦術)を教えることは、長い時間を要することもありますが、必要なことだと思います。

 

 
3.考察
  私は、Basic Tactics(基本戦術)を5年間教えてきて、幾つかのことがわかりました。
  ひとつは、プレーヤーにとって、適切な時期に、Basic Tactics(基本戦術)を教えることが重要だということです。ショットの技術が未成熟な初心者には、早すぎます。一通りのショットを習得した後でなければ、Basic Tactics(基本戦術)は教えられません。
  上級者や、中級者は、スイングに固有のクセがなければ、多くの場合、問題はありません。しかし、スイングにクセがある場合には、Basic Tactics(基本戦術)を教えるのが、困難なこともあります。
 
 例えば、あるプレーヤーのストレートが、スピード、コントロールとも申し分ない場合でも、そのスイングに固有のクセがあるために、スイングを始動した後には、他のショットへの変更ができないことがあります。長く使ってきた、その人固有のスイングを直すことは、容易ではありません。
  そこで、Basic Tactics(基本戦術)を教えるのに、最も適した時期だと私が考えるのは、初心者を終えた時期か、或いは、中級者の初期です。
 次は、Basic Tactics(基本戦術)は、男子選手より女子選手に教えた時の方が、その効果が顕著に現れるということです。通常、男子のフットワークは、女子より数段速いものです。しかし、男子選手と女子選手のボールのスピードの差は、フットワークの差ほどはありません。これは、女子選手のゲームの方が、男子選手より容易にオープンコートを作れることを意味しています。Basic Tactics(基本戦術)が女子選手に対して、より効果があるのはこのためだと思います。
 次に、時折私が困ったのは、DVDに出てくるようなトッププレーヤーの中に、私のBasic Tactics(基本戦術)とは、全く関係なくプレーしているプレーヤーがいることです。彼等は、優れたフットワークと技術があるために、多くのトーナメントで優勝しています。しかし、優れた戦術を持っていれば、もっと良いプレーが出来たはずだと、私は思っています。
  あるプレーヤーが、私に尋ねたことがあります。
「ジョナサン=パワーは、あなたの言うようにはプレーしていません。貴方の言うことは本当ですか?」
  この質問に、論理的に答えることは簡単なことです。しかし、実際に彼を納得させるのは容易ではありません。

 最後に、今私が考えていることは、スカッシュのプレーヤーは二種類に分けることが出来る、ということです。私の言うことに興味を持つ人々と、全く持たない人々です。考えてプレーする人々と、そうでない人々と、いう言い方が出来るかもしれません。或いは、スカッシュをコート上のチェスのように考える人々と、テニスに似たただのスポーツだと考えている人々かもしれません。
  この3年間で、私はヨーロッパの数カ国と、オーストラリア、日本でプレーしてきましたが、その何れの国においても、スカッシュコートの数は減少しています。スカッシュの人気は、下降線上にあるようです。
  体を動かすことだけが目的であれば、スカッシュの代わりになるスポーツは、いくらでもあります。
  私達、スカッシュコーチは、スカッシュをプレーする楽しさを本当に理解できる人々を、増やすように努力すべきではないでしょうか。

  ご静聴に、感謝いたします。日本語で、「DOUMO ARIGATOU」。

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